退職金制度の見直しと中小企業の問題解決

58歳以降の昇給を停止し、63歳定年を60歳に引き下げる就業規則の変更は有効と認められるのか

この就業規則の変更は、重要な労働条件に実質的な不利益を及ぼす一方、代償措置もないに等しく、高度の必要性がないのに比して不利益が大きく、変更は無効とされた事例

<平成7.7.12 大阪地裁堺支部判決 大阪府S事業団事件>

事件の概要

1.被告事業団は、定年を63歳と定めていたが、同事業団を設立した大阪府が昭和60年から60歳定年制を実施したことに伴い、府から外郭団体一律に昭和63年度末から60歳定年制を実施すべき指導がなされ、同事業団は労働組合と団体交渉を重ねた結果、妥結に至らなかったが、就業規則を改正して平成2年3月31日から60歳定年制を実施した。

 

2.また、大阪府が平成元年度から58歳以降の昇給停止を実施したことを受けて、平成2年度から労働組合との妥結がないまま同様に58歳以降の昇給停止を実施した。

 

3.一方、被告事業団は、職員の減収を補填するため、定年年齢の引き上げを段階的に実施し、退職金支給率の引き上げを講じたが、昇給停止の代償措置はとらなかった。

 

就業規則の不利益変更が有効とされる場合・・・先例最高裁判決について

1.本件改正規則は、就業規則の不利益変更である、労働条件を定型的に定めた就業規則は一種の社会的規範としての性質だけでなく、合理的な労働条件を定めている限り、事実たる慣習によって法規範性を認めることができる。
そして、使用者が新たな就業規則の作成又は変更によって、労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課すことは、原則として許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的、かつ、画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該就業規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者がこれに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない(昭和45.12.25大法廷判決)。

 

2.そして、その合理性については、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認し得る合理性を有するものであることをいうと解され、当該就業規則の作成又は変更の必要性の程度、それによる従業員の不利益の程度、労働組合との交渉の経過、関連業界の取り扱い、社会的動き等を総合勘案する必要がある。
特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法敵に受忍させることを許容し得る、高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。(昭和58.11.25第2小法廷判決、63.2.16第3小法廷判決)。

 

本件就業規則の改正の有効性・・・定年年齢の引き下げ及び58歳以降の昇給の停止

 

1.これを本件についてみるに、本件改正は、60歳定年制、58歳昇給停止のいずれについても、重要な労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更であることは明らかであるところ、その採用が被告事業団の運営上特に必要というわけでもなく、大阪府においてそれらの制度を採用したことに伴い、被告事業団の組織の性格上、大阪府から要請を受けて採用せざるを得なかったものである。
その点では、就業規則の不利益変更が必要であったともいえるが、それが運営上の理由ではないから、これをもって高度の必要性があったとまでは到底いえない。
2.そして、60歳定年制については、原告らには、退職手当率の上昇を考慮しても、一人当たり約1,000万円から約2,000万円の減収が生じ得ることになる一方、それについての緩和策が採られているものの、代償措置は極めて不十分で、非常勤嘱託員制度の実効性ははっきりせず、この1,000万円から2,000万円の減収がそのまま損害になる可能性が高い(被告事業団は、退職金運用利益も考慮すべきであると主張するが、退職金をそのまま銀行預金等とすることができると一概にはいえず、また、そのような義務もないから、それを代償措置とすることはできない。)。

 

3.また、58歳昇給停止により、原告らは定年までの賃金上昇額に相当する不利益を受けるが、それについての代償措置ないし緩和措置は一切講じられていない。よって、60歳定年制、58歳昇給停止とも、かなりの不利益をもたらす制度といえる。
加えて、60歳定年制については、被告事業団の職員の労働条件は大阪府職員より劣っている部分が少なくない中で、それらの改善との抱合せなく唯一の有利な点であるものを切り下げることに疑問が残る。

 

4.以上によると、本件規則改正は、先に判示したような高度の必要性がないのに、かなりの不利益を原告らにもたらすものであって、その点での疑問も有するから、本件改正をもって、その必要性及び内容の両面からみて、被告事業団の職員が受けることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものとはいえず、本件改正は無効である。